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名古屋高等裁判所 昭和24年(控)630号 判決

被告人

佐々木利助

主文

原判決を破棄し、本件を名古屋地方裁判所に差戻す。

理由

前略

弁護人森健の控訴趣意第一点について。

裁判所が実体を判決するについて拘束される起訴の範囲は、刑事訴訟法第二百五十六條第四項但書に該当する場合、即ち罰條の記載の誤りか被告人の防禦に実質的な不利益を生ずる虞れがない程度のものである場合を除いては、起訴状に記載されたところの訴因と罰條とによつて定まるものと解する。本件起訴状には罪名としては「強盜(刑法第二百三十六條)」とのみ記載してあつて、その他には住居侵入の罪名も刑法第百三十條なる罰條の記載もないこと所論の通りである。

而して公訴事実としては「被告人は昭和二十四年三月二十八日午前一時頃名古屋市港区昭和町十二番地飮食店高橋浪子方に押入り、同人及女中角田しげ子に対し玩具拳銃を小型拳銃の如く擬して、騒ぐと射つぞ金を出せと脅迫し、同人等の反抗を抑圧して右浪子より現金約六百円及使用中の腕時計一個を強奪したものである」との記載がある。そこで此の記載中「高橋浪子方に押入り」との文句は、住居侵入罪の構成事実として即ち本件強盜罪とは別の訴因の表現であるとも、將又本件強盜の事実の修辞的表現であるとも解せられ得る。若し前者と解するにおいては、住居侵入罪の罰條の記載のないのは、該罰條の記載のないのは、該罰條の記載を遺脱したものであると認めねばならない。

(此の罰條の遺脱が刑事訴訟法第二百五十六條第四項但し書に該当するや否や別論として暫く措く)若し又後者に解するならば、住居侵入罪の罰條の記載のないのは当然ということになる。ところで新刑事訴訟法第二百五十六條が起訴記載の要件として、訴因の外に更に適用すべき罰條をも記載すべきことを要求している所以のものは、訴因と罰條と両々相俟て起訴の範囲を一層明確にし被告人に対してその防禦を容易ならしめようとの趣旨と解するが故に、「高橋浪子方に押入り」なる文句が前述の如く両樣に解せられ得るというような特殊の場合には、住居侵入の罪の罰條の記載のないのは、それは住居侵入の罪なる訴因に対應する罰條の記載を遺脱したものとは解さずして、寧ろ右文句は單なる強盜罪の修辞的表現であると解するのが妥当であると考える。仍て本件起訴状には住居侵入の訴因の記載はないものと解するのが相当である。而して、原判決は「被告人は昭和二十四年三月二十八日午前一時頃名古屋市港区昭和町十二番地飮食店高橋浪子方に頭巾(証第一号)を以て覆面して押入し右高橋浪子及び女中角田志げ子に対し玩具の拳銃(証第十三号)を眞物の拳銃の如く擬し射つぞ金を出せと脅迫し同人等の反抗を抑圧して右浪子より同人所有の現金約四百円及腕卷時計(証第十四号)を強奪したものである」と判示し、適條の部に於て「刑法第百三十條、第二百三十六條、第五十四條第一項後段第十條」その他を掲げているから、此の適條と右判示事実とを対比すれば、原審は強盜罪の事実の外に之と牽連犯の関係にある住居侵入罪の事実をも認定した上重き強盜罪の刑に從つて刑を言渡したことが明かである。されば原審は住居侵入罪の点については原審の請求を受けない事件について判決した違法があるといわなければならない。論旨は理由があつて、結局此の点に於て原判決は破棄を免れない。

仍て弁護人のその他の控訴理由及び被告人の控訴理由に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三百七十八條第三号、第三百九十六條第四百條本文に則り主文の通り判決する。

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